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紫色の月光

紫色の月光

第四十一話「邪神ドレッドの子供たち」

第四十一話「邪神ドレッドの子供たち」





「……多分、そろそろ彼等が着く頃だろうね」

 リヴァイアサンの馬鹿力で無理矢理宇宙船をサルベージしたDrピートは、上空に浮かぶ飛行大陸を肉眼で確認しつつ呟く。
 
「しかし、地球にはあのような土地があるのか。やはり宇宙は狭いようで広い」

 そしてその飛行物体をいかにも珍しそうに眺めているのは宇宙船の持ち主、アルイーター・スンズヴェルヌスである。
 だが、飛行大陸なんて土地は地球の歴史上でも確認されたのは今回が初めてだろう。現に、Drピートや作業中の団長軍団も揃って珍しそうな顔をしている。

「副団長、俺は何だかんだで四十年近く生きているが、過去にあんな代物見たことがねぇ。寧ろ、あんなん見たことあるのは相当な電波だけだ」

「しかし団長、現にあるではありませんか」

 飛行大陸を指差しつつ、団長に言うアルイーター。
 
「だから、今回は『異常』なのさ。いや、寧ろ『異常』なんて単語で済ませちゃあいけない事態が起きているのかも知れねぇ」

 兎に角、気になるのはこのタイミングで何の前触れもなく現れた、と言うことにある。
 イシュとの戦いが終わり、これから問題の宇宙人との戦いに挑もうという時。
 まるで自分たちの動きを全て見通した上で飛行大陸は出現し、尚且つエリックたち最終兵器所持者たちを集めた――そんな風に見ることが出来た。

「いずれにせよ、中では何かが起きているはずだ。僕等は僕等で出来ることをしようじゃないか」

 そういうと、Drピートは宇宙船を再び動かす為の作業に入る。
 何だかんだで長い間沈んでいたために動くかどうか不安だったが、流石に宇宙の文化は凄い。未来人もビックリのテクノロジーは、海中深くに沈んでいてもまだまだ元気だった。
 と、なればその分作業時間は短く済む。
 
 ソレが終われば、後はエリックたちが帰ってくるのを待つだけだ。
 
 あくまで彼等が無事ならば、の話ではあるのだが。







 塔の中に導かれた五人は重い足取りで内部を歩いていく。
 一階内部の作りはローマ神殿のような印象を持つことができ、どこか神秘的な感じがするのが第一印象だった。
 だが、どういうわけか天井と床の距離が異常に大きい。
 今まで塔なんて登った事がないので詳しくは知らないが、恐らく10階建てのビルくらいはすっぽりと入ってしまうのではないだろうか。
 ソレを考えると、二階へ続く階段のことは余り考えたくなくなってきた。

「……この塔の建築主はグレイトな趣味をしているようだね。一階が洪水状態とは」

 そして何よりも奇妙に思えるのは一階が既に深さ5センチは浸水していることだった。
 俗に言う芸術なのかは知らないが、変わっている趣味だと思う。

「申し訳ありません。これも一つの戦術ですので」

 すると、何処からか男の声が聞こえてきた。
 声のする方向に振り向いてみると、其処にはどういうわけか黒い学ラン姿の少年がいた。
 外見は東洋系。眼鏡をかけているその姿を見ると、『委員長系だな』と思ってしまいそうである。

「父に代わり歓迎します。ようこそドレッドタワーへ。僕は五朗……見ての通り、普通の日本の高校生です」

「と、言う割には普通じゃなさそーなオーラ出してやがるじゃねーか。説明が欲しいところだぜ」

 淡々と自己紹介する五朗に対し、何時もどおりに睨むマーティオ。
 だが、その気持ちが分からないこともなかった。

 今回は全てが突然すぎて、現状が理解出来ない。
 是非とも分かりやすい説明が欲しいところである。

「……まあ、いいでしょう。それは一階の担当である僕の義務でもありますしね」

 すると、五朗は数秒考えてから承諾する。
 
「ですが、僕は面倒くさい説明は苦手なんで……簡潔に言っちゃいますね」

 次の瞬間。
 彼は眼鏡を外すと同時、先程からは想像も出来ないほどの凶悪な笑みで顔を歪ませてから言い放った。

「僕等は邪神ドレッドの子供なんですよ。古代都市を滅ぼしかけた邪神ドレッドは、最後の最後に最終兵器に封印されつつも、『封印を解除』する為に僕等という種を未来に飛ばしていたんです」

 その末っ子が、五朗。
 だが、彼とて最初から邪神ドレッドの子供なのだと自覚していた訳ではない。

「最初は本当に普通の日本人……その子供として過ごしてたんですよ。身体能力も勉学も一般男子のソレと比べたら少し上程度の、何処にでもいそうなただの高校生だったんです」

 だが、現実はたったの数秒で崩れ去る物だった。
 
 何時ものように学生寮に帰ってきて、ゲームの電源を入れる。
 たったそれだけの作業のはずなのに、どういうわけか『たった数秒』の行動が出来なくなっていた。

 理由は簡単。
 自分の手を、何処から入ってきたのかも知らない男が掴んで離さなかったからだ。

 まるで最初から其処にいたかのように存在していた男は、唖然としていた五朗に対してこう言った。

『君は今の生活に満足しているかい? ただ普通に学校に通い、普通にゲームをして、普通に友達と遊ぶ日々。そんな半永久的に変わらない日常に君は満足しているかい?』

 その問いに対し、出てきたのは答えではない。
 単純な疑問だけだった。

『あ、貴方は一体……?』

『俺はバルギルド・Z。君の兄さんだ』

 その瞬間、少年の世界は全てが変わり、同時に『本来あるべき姿』に戻った。
 ソレは即ち、『全てを理解した』ことに他ならない。

「僕等は邪神ドレッド……父の復活のために生み出された存在だ。それを『理解』するのは個人差ががあったが、一番早くに気付いたバルギルド兄さんは誰よりも早く行動を起していた」

「バルギルド……!」

 真っ先に反応したのはマーティオだった。
 京都で猛に敗北した自分に襲い掛かってきたと同時に、アドバイスとも言える言葉を残した『第十一の最終兵器』の使い手。
 結局イシュの中でも彼の姿を見かけなかったからおかしい、と思っていたのだが、まさかこんな所で聞く事になるとは思わなかった。

「僕等にとって、最も注意しなければならないのは十の最終兵器という存在でした。ですが、無理に最終兵器を破壊する必要はありません」

「……成る程、ちょっとずつだが分かってきたぞ」

 エリックは今だ仮説段階ではある物の、彼等が何を言いたいのか分かってきた。
 邪神の話とその話を真実だ、と知らせる代物があれば誰だって邪神の存在を認識することが出来る。
 故に、自分たちではなく邪神の存在に惹かれた者を使えば楽に事は進む。

「イシュは、半分はお前等が作った組織だったんだな?」

 ソレを聞いたフェイトは成る程、と頷く。

「そもそもにして、ウォルゲム・レイザムが邪神の存在を知るキッカケがグレイトに必要だった訳だね。そうでないと『イシュ』と言う組織は成立してない」

「そう、一番早く覚醒したバルギルド兄さんは自らの力を最大限に使い、未来に飛んでからウォルゲムに『誘い』をかけたのさ。彼の未来の結末に対する憎悪は現代のバルギルド兄さんにとっては簡単に察知できるほど強力だったらしいから、ある意味においては優秀な駒を手に入れた瞬間だったと言える」

 だが、同時に嬉しい誤算と悪い誤算があった。
 前者はウォルゲムや彼と志を同じくする者の中に最終兵器所持者がいたこと。
 後者はソレに敵対する立場――エリックたちが最終兵器所持者になったことだった。

「成る程、それで貴様等は俺らとイシュを争わせ、勝った方の弱ったところを一気に襲撃。漁夫の利を得ようって訳か」

「結局は最終兵器が7つも残った訳だけどね。それでも戦力を削げたことには変わりないだろう? それに、君等が宇宙に行ったら、流石に僕等では追えないしね」

 五朗が笑いながら見下すと同時、エリックたちの全身に『警戒』の指令が出された。
 それは脳からの伝達ではない。
 自分たちが持つ最終兵器、その意思たちから伝わる『襲撃警報』だ。

「今更気付いたのかい?」

 だが、五朗は『襲撃』を止めることはしない。
 この場で彼等を倒せば、残る最終兵器はネルソンのナックルのみ。
 一気に数を削ぐことができるのなら、此処で削いでしまおうじゃないか。止める理由なんて何処にもない。

「僕の最終兵器を見せてやる!」

 口を開くと同時、床に亀裂が生じ、その亀裂から大量の水が溢れ出てくる。

「やばい! エリック、頼む!」

 言われれば行動は早い。
 マーティオは近くに居たネオンを担いで黒い翼を展開。一気に上空に飛翔して、床から出現しようとする『最終兵器』の襲撃から離れる。
 同時に、エリックはランスのレベル4を発動。狂夜とフェイトを巻き込みつつ、一気に上空に飛び上がる。

「行け、最終兵器――リーサル・サブマリン!」

 直後、床が崩壊し、一階の床が完全に沈没する。
 エリックたちはなんとか空に飛んでいる為に無事なのだが、もう一人――五朗は床を突き破って出現した『最終兵器』に着地することで新たな床を得る。

 その最終兵器とは、

「潜水艦だと……!」

 映画などで見るような巨大な代物ではなく、寧ろアニメに出てきそうな小型の潜水艦だったが、それでも圧巻物だった。
 
 だが、これで床と天井の高さが大きすぎる理由が分かった。

 潜水艦をこの中で使うためには、どうしても内部を水で支配しなければならない。
 故に、なるべく大き目のスペースを一階に使う必要があったのである。

「海の中では、サブマリンは無敵ですよ!」

 だが、空に逃げた彼等を逃がすような代物なら『最終兵器』の名はついていやしない。
 
 次の瞬間、サブマリンから魚雷が発射。
 それは水面下を突き進んでくるものなのかと思ったが、

「!」

 徐々に上昇。
 最初は目がおかしいのかと思ったが、それはまるで蛇のようにうねうねと動き回り始め、エリックたちという『獲物』を探しながら上昇しているのだ。
 最終的には海面を突き破り、真っ直ぐエリックたち目掛けて飛んで来る。

「ちっ!」

 マーティオが舌打ちすると同時、エリックとマーティオは散開。
 
「ちっ、流石に荷持つがあるのが面倒だな。エリック、後は任せるぞ!」

「何!?」

 エリックは二人の体勢をコントロールしたままランスの能力で空を駆けるが、マーティオには目指す『方向』があった。
 それは天井に僅かに空く『隙間』。
 それほど大きい穴ではないが、人間が入るのならまだ余裕があるくらいの空間だ。

「いいか、こいつ等を倒さないとまだ『イシュ』の計画は完全に止まらない! どんな手段を使おうが、こいつ等に最終兵器を渡しちゃならねー!」

 だが、だからと言って逃げる訳ではない。
 そもそもにして、逃げても何の意味もない。彼等はこの星に居る限り、何処までも追ってくるだろう。
 例えどんな手段を使おうが、だ。

「ここで一人残らずぶっ殺すぞ! 俺はバルギルドの奴に『借り』を返しにいくから、そいつの相手は空を飛べるお前に任せる!」

「あー! 相変わらず勝手な奴!」

 だが、そんなエリックの叫びも聞かずにマーティオは隙間へ突撃。
 一気に上の階へと突き進むために、急ブレーキ無しで飛行する。

「だけど、彼の言うことにも一理あるね」

 すると、狂夜も眼鏡を外し、何時もの本気モードになる。
 更にファングも同時に発動させ、人間最終兵器としての強大な身体能力を得ていった。

「エリック、我と先輩は水をテリトリーとする奴との相手は向いていない。故に、此処は貴様に任せる」

「確かに、それが現時点でのグレイトな案だろうね。我々は先に進むことにするよ」

 そういうと、フェイトと狂夜は息を思いっきり吸い込んでから塩分のない海へとダイブ。
 その下にあるであろう階段向かって泳いでいった。

「あー、マジかよ……」

 一人取り残されたエリックはランスと供に五朗を見る。
 すると意外な事に、彼は他の四人を追いかけようとする素振りを見せなかった。

「追わなくていいのか?」

「上の兄弟たちがそれぞれ仕留めてくれることでしょう。僕は目の前の『鍵』を手に入れることを第一の目標としますので、心配は無用です」

 別に心配されたくはないんだけどな、とエリックは内心で呟いた。
 
 だが同時に思う。

 マーティオ、せめてお前は手伝ってくれてもいいだろう、と。
 確かに相手のテリトリーが海と言うこともあり、空を飛べる奴が積極的に相手をするべきだという意見も分かる。
 だが、確実性を考えるなら自分一人ではなく、大勢でかかった方がいいのではないだろうか。

「あー、今更グチ言っても仕方がねぇ。帰って堂々とネトゲする為にも、ここは絶対に負けれないな」

 戦う理由は相変わらず不順だが、理由があるのならこの際気にしない。
 だが、五朗は意外そうな顔でエリックに言う。

「ネットゲームですか。奇遇ですね、僕も此処に導かれる前までやってたんですよ。因みに、少しはネット界でも名の知れた剣士だったんですよ」

「ほう、だが俺も負けちゃいないぜ。本業同様、ネット界でもその名を轟かせたシーフ様だからな!」

 自慢げに言うエリック。
 だが、五朗も負けじと言い放つ。

「いえいえ、僕はレベルMAXまで上げて尚且つレアアビリティ『見極めの眼』も極めた『超戦士ノーブル』と呼ばれた男ですよ? いかに怪盗シェルのシーフと言えども、僕の前には……」

「はん、確かにネットゲーム『world of world』じゃあそのアビリティはかなりのレアだ。辿り着くまでにさぞかし苦労しただろうな」

 するとエリックは五朗の言ったアビリティ名でネットゲームの種類を当て、更には負けじと自分のキャラの話を喋りだす。

「悪いが、俺はそのアビリティどころか『神速の忍び足』、『疾風の即死針』まで持ってるぜ!」

「な、何ですって!? あの伝説の『神速の忍び足』、『疾風の即死針』を持つシーフってまさか……『音速怪盗のRAIORU』さんですか!?」

「ふっ、今更格の違いに気付いたところで遅いぜ」

 何だか二人だけの空気が出来上がってしまっていたのだが、早くも勝敗が決してしまったようである。

「くっ、近頃まるで顔を見せなくなったとは聞いていましたが、まさかリアルでもネットでもビックネームの泥棒をしていたとは!」

 あまりの事実に驚愕する五朗(ノーブル)。
 何故かと言えば、彼の言うネットゲームではエリック(RAIORU)は最早伝説のキャラといっても過言ではない存在だからである。
 レベルもMAXまで上げ、次々と追加されるレアアビリティやレアアイテムを『音速』のような速さで習得していることから、『ネット界最強の怪盗』と言う渾名までつく始末だ。
 何とネットゲームなのに彼を崇める宗教まで存在する始末であり、兎に角全てにおいて五朗よりも雲の上の存在なのだ。

 因みに、このゲームで特に人気のあるキャラは『ポリスマン』といい、実はネルソンが娘に勧められてプレイしているのだが、リアルと変わらずの破天荒な行いが周囲のプレイヤーからは注目の的となってしまい、今では欠かすことの出来ない影のマスコットキャラと成り果てていた。

「くっ、まさかリアルで貴方と、しかもこんな形で会うことになろうとは……!」

「ふっふっふ、最近は色々とあったから禄にログインできなかったが、今日こんな事態に巻き込まれて更にログインできない状態だ。つー訳でさっさと降参して、バルギルドとか言う奴を出せ!」

 何やら凄まじいこじ付けで説得を開始するエリック。
 だが、邪神ドレッドの子供としては例え伝説のプレイヤーが敵でもやらなきゃならない『使命』があった。

「いえ、僕等アナザー・リーサルウェポンとして生れてきたドレッドの子供たちには、父であるドレッドを復活させると言う使命があります! 例え伝説のキャラが相手でも退きはしません!」

 彼等にとってはその『使命』を達成することこそが第一であり、その為にはどのような行いだってやってみせる覚悟だ。
 それを再認識したと同時、エリックの頭の中に疑問に思える単語が浮かび上がる。

「アナザー・リーサルウェポン?」






 塔の一番上――――最上階には父に代わってこの塔の主となっている邪神ドレッドの長男、バルギルドがただ突っ立っていた。
 一体何を考えているのか分からない程の無表情。
 だが、そのヘドロのように濁った瞳に映っているのは今だ見ぬ父の姿のみであった。

 長男としてこの世界で最初に覚醒した身である自分だが、父である邪神ドレッドの姿は見たことがない。

 目覚めた時から一人ぼっちで、覚醒した時には自分には他の人間にはない『力』と『使命』があるのだと理解すると、そのまま頭の中が命ずる『使命』のままに動いていった。
 そんな『使命』を自分の頭の中に埋め込んだのは他ならぬ邪神ドレッドこと父である。

(俺には、その使命を終えた後どうすればいいのか判らない)

 覚醒して20年近く過ごしてきたが、この疑問は何時だって思ってきたことだった。
 疑問に思うのは自分だけではない。次に覚醒したソルドレイクから最後に覚醒した五朗まで疑問に思ったことである。

(だが、ソレは別に全てを終えた後でも問題はないはずだ――――違うか?)

 自問するバルギルドだが、珍しく答えが出てこない。
 『使命』こそが一番の優先事項である彼が、その『使命』よりも優先したい項目。

 その存在があることに気付いてしまったのだ。

「……そうだ。そうしよう。折角だからそれがいい」

「あン? 何一人でブツブツ言ってるんだ兄貴?」

 振り向いてみると、其処には骨のような白い髪の青年、ソルドレイクが居た。
 自分の次に覚醒した彼はそのまま自分を補佐する役に就いたが、そんな彼に今先程自分が得た『答え』を言ってみるとどうなるのだろうか。

 非常に興味が出てきた。

 だが、止めておく。
 他の兄弟たちに知られると下手をすれば自分の存在が危うい。
 だから今は隠しておく。

 何時ものような作り笑顔を浮かべてから、

「いや、なんでもない」

「そうか? まあいいや」

 ソルドレイクは面倒くさそうに頭を掻くと、最上階に続く五階の住人としての報告をする。

「報告。一階はゴローがランスと対峙してる。ソードとガンは二階に進み、サイズとアローは一気に四階まで飛んでる。ナックルはどうやらお留守みてーだな」

「そうか。ナックルが居ないのなら、後で生け捕りにでもするとしようか」

 バルギルドの記憶が正しければ、確かナックルの持ち主であるネルソン・サンダーソンは最終兵器と融合した存在だったはずだ。それならば下手に殺すより、生かしておいた方がいい。

「ソードとガンの方はどうする? 流石にあの二人は不安要素だぜ。特に『ファング』もある切咲・狂夜はサイバットとの相性がいい。二人揃ってかかられたら、サイバットでも危ないぜ」

「三階から助っ人を派遣すると良い。四階に飛んできた『鍵』の回収はお前と住人に任せる」

 その言葉を聴くと、ソルドレイクはOK、と呟いてから回れ右。
 自分の階に戻って三階の住人に報告を入れようと歩を進める。

 だが、その歩みが途中で止まると、疑問を兄にぶつけていた。

「本当に信用できるのか? 最近会ったばっかっつーのもあるが、どうにも気にイラねーな」

 ソルドレイクの静かな疑問を前に、バルギルドは少々考え込む。
 だがやや経った後、うむ、と頷いてから返答した。

「確かに、格階の住人に不安要素がある。だが、使命のためには彼等の存在が絶対なのだ。何故かは判るだろ?」

 ――――例えどんな奴でも、俺たちは邪神ドレッドの名の下に生れた子供たちなのだから。






 穴から抜けた先にある空間の感想としては、先程の潜水艦小僧と余り変わらない部屋だな、とマーティオは思う。
 だが、先程の部屋と比べての大きな違いは壁の全てが『透き通っている』ことだった。外の景色が全て見えており、この場所が屋上なのではないかと錯覚することさえ出来る。

 しかし自分たちは外の景色を眺めるために此処に来た訳ではない。

「居るのかな? さっきの、潜水艦使いさんみたいなの」

「多分何処かに潜んでいるはずだ。油断はすんなよ」

 此処が塔の何階に位置するのかが判らないのが痛いところだが、空を飛んで昇ったのだから少なくとも一階よりは上のはずだ。

「取りあえず、前には地道に進んでいる。後は敵を根絶やしにするのみ」

 相変わらず刃のような鋭い眼光をギラつかせるマーティオ。
 だが、彼はバルギルドの底知れぬパワーを一瞬でも垣間見た経験があった。

「マーティオ、緊張してる?」

 ネオンが問うと、彼はいや、と首を横に振る。

「何時かは奴をぶち倒したいと思っていたんだ。ソレを考えれば、遅いと言うことはないはずだ」

 だが言葉とは裏腹に拳は震えていた。
 いや、よく見れば身体中が震えている。

「大丈夫?」

「……武者震いだと思いたいね」

 何時になく弱気な発言に、思わず驚愕するネオン。
 まさかこの男からこんな言葉が飛び出すとは思ってもいなかったのだ。もしもこの場に彼を知る者がいたら、全員ネオンと同じように驚愕していたことだろう。

「自分でもイラつくくらいさ。だが判る――――俺の本能が奴と戦うのを避けろ、と言ってる」

 ソレは生き物が持つ感覚。
 
 絶対に敵わない者、としての認識その物だった。

「始めて会った日から少しした後、感じちまったのさ。あの男と俺様の、決定的な『差』って奴をよ」

 ショックだった。
 自分では大きくなったつもりでも、まだまだちっぽけに思えてしまえるその存在が恐ろしいとさえ思った。
 
「大丈夫」

 だが、そんな静かな恐怖を打ち払うべく、ネオンは声をかける。

「マーティオは、パパにも、勝てたから、勝てる。勝てる」

「そうか。思えば、猛の時も大体そんな感じだったな」

 そう思うと、目の前に居る少女の存在がとても力強く思えた。
 始めてあった時はただウザいとしか思ってなかったのだが、ソレを思えば随分と心境も変わった物である。

「まあ、いい。さっさと行くとするか」

 だがマーティオはそこで思考を中断。
 雑念を捨て、『敵』を切り捨てるためのサイズを出現させた。

「敵、いる?」

「……ああ、いる」

 ネオンの問いに、マーティオは静かに答える。
 その眼は何時ものように鋭く、そして力強い物だ。
 不思議な事に、その眼を見ただけで頼もしく思える。この男がこういう眼をしていると、不思議に負ける気がしないのだ。
 
 だからきっと勝てる。

 ネオンはそう思った。

「さあ、さっさと行くか!」









 長い階段を上りきり、ようやく二階に辿り着いた狂夜とフェイトの前には二つの人影があった。
 一つは身長180cmを超えるであろう褐色肌の青年。
 もう一つは青空のようなロングヘアーが印象的な白人女性である。
 二人とも外見は何処の町にでもいそうな普通の人間のソレだが、その『中』から発せられる独特の波動を感じ取れば、彼女等が普通の人間じゃないことが判る。

「グレイトに人数合わせをしてくれるとはあり難いね。案外君等は親切なのだと見ていいのだろうか?」

 フェイトが嘲り笑うようにして言うと、褐色肌の青年が答える。

「どう受け取ってもらおうが構わん。俺たちは『使命』の為に戦わなければならん。それが生れた時からの『全て』だからな」

「悪いけど、兄貴からの命令でね。遠慮なく殺させてもらうよ」

 隣の青空色の女が続けて言うと同時、狂夜とフェイトは同時に感じ取った。
 
(最終兵器独自の『波動』……来る!)

 問答無用で攻撃を仕掛けてくるのならば、何時までも立っている理由はない。
 しかし、どのような方法で仕掛けてくるかも判らない状況下で下手に動くと、それが命取りになる可能性も十分ありえる。

 だから先ずは先手必勝。

 相手が仕掛けてくるより前に、こちらが攻撃を仕掛ける。

「!」

 四人の中の誰よりも先に行動を取ったのはフェイトだ。
 彼女は素早い動作で銃を抜くと、すぐさま発砲。一発、二発と銃口から『重力』と言う名の火薬が詰まった弾丸が発射される。

(これで彼等がどう動くか――!)

 フェイトの最終兵器、リーサル・ガンのレベル4は重力展開だ。
 だから彼等が避けようと思って動いても、その前に弾丸は自動的に重力を展開し、彼等を地へと跪かせるだろう。

 そう思った。

 だがその弾丸が重力を展開するより先に、青空髪の女は防御に入る。

「おいで」

 まるで下僕に命令するかのような一声。
 だが、彼女の命に忠実な『下僕』はその言葉だけで行動する。

「何!?」

 次の瞬間、『床』から黒いドーム状の壁が出現。
 一瞬にして女と青年を覆い、重力の網を防いでしまう。

(だが、このまま私が残って彼等二人をグレイトに釘付けにすることは十分に可能だ)

 嘗てのサウザー戦を思い出すフェイト。
 あの時、彼はガンの重力展開能力を用いて自分をその場に動けなくさせるという芸当をやってのけた。

 ならば今、自分がこの二人をこのまま留めておくくらいのことは出来るはずだ。

 そう思い、狂夜を先に進ませようと口を開けるフェイト。
 だが次の瞬間。

「!?」

 真後ろから何者かによって口を防がれる。いや、口だけではなく身体全体を縛られているかのような感覚さえする。どういうわけか身動きが出来ないのだ。
 横を見ると、狂夜も同じようにして口と身体の動きを封じられているのだが、その封じている『犯人』を見ると、彼女の顔色は驚きの色に染まる。

(影だと――――!? 我々の影が、グレイトな事に我々自身を縛っていると言うのか!?)

 狂夜を見てみると、足から繋がっている彼とその影が複雑に絡み合うことで身体の動きを完全に抑えられており、まるで蛇に巻きつかれているかのような光景だった。
 更には影の『手』の部分が、怪しい犯罪者のようにして狂夜の口を封じている。これは彼とフェイトの意思疎通の手段、所謂『会話』を封じるための物だろう。

 これには流石のフェイトも不意を突かれてしまい、その場を覆っていた重力の網が解除されてしまう。

「お前は確か、ソルドレイクの兄貴と戦ったことがあるらしいな」

 青空髪の女が言うと、狂夜は思わずその女を睨んでいた。

 ソルドレイク。
 
 嘗て船の中で戦った『アナザー・リーサルウェポン』を所持する骨男。更には切り札である神木の力を持ってしても倒せなかった反則男だ。

 同時に、自分を殺しに来た男でもある。

「私たち邪神ドレッドの子供たち――――ドレッド・チルドレンには、対最終兵器用武装として身体の中に最終兵器を仕込まれていてね。ソルドレイクの兄貴は骨、そして私は見ての通りの影って訳さ」

 だが、彼女の場合は単純に自分の身体の中の最終兵器限定ではない。
 相手の影すら自在に操り、敵を束縛することが可能な最終兵器。
 恐らくは、彼女自体が一種の影の支配者と言う立場なのだろう。自分たち自身が最終兵器であるアナザー・リーサルウェポンならば有り得る話だ。

「姉さん、お喋りもいいけど、早くしないと――――」

 褐色肌の青年が言いかけると同時、強烈な揺れが二階に響き渡った。
 いや、ここは塔なのだから塔全体に響いてると言ってもいいだろう。ならば一階のエリック、そして此処にはいないマーティオとネオンも感じているはずだ。

 だが、その震源地は響いてくる『音』を聞けばどの位置なのか判別できる。

「上か。兄さんだな。相変わらず恐ろしいパワーだぜ」

 少し冷や汗をかきつつも喋る褐色肌の青年。
 その表情から、『兄さん』が彼等にとってもいかに恐ろしい存在なのかが伺うことが出来た。

 それは嘗て一戦だけとはいえ、戦ったことがある狂夜にもわかる。
 
 ソルドレイクは強い。レベル4やファングの力を扱えるようになった今でも、果たして勝てるのか自信がない。
 敗北してからほぼ毎日イメージトレーニングで彼と戦うが、それでも勝った試しがないのである。

 だが、此処で気付いた。

 今、上の方で振動が起きた。
 そして自分たちは此処に、エリックは下にいる。

 と、言うことはそんな化物と戦っている奴は、自動的に決定してしまう。

(マーティオ、ネオン!)





 マーティオは一度舌打ちすると、目の前の『男』をもう一度確認する。

「おい、どういうつもりだ。何でこの俺より低い階担当のお前がちゃんと始末しようとしないんだよ!」

 目の前に居る白髪の青年、ソルドレイクは見るからに苛立っていた。
 その苛立ちをぶつける相手は、この場には居ない。いや、もしかしたら見えないだけで実際にはカメレオンのように擬態していて、この場に潜んでいるのかもしれない。

「テメーは確かに気にイラねーがな、その原因は何故か判るか?」

 左右の両手の肉。其処を突き破って、次々と骨の刃が顔を見せる。
 以前狂夜を苦しめた、骨の刃である。

「何時からこの俺と対等になりやがったんだヨ!? ああっ!?」

 まるで所構わず暴れる不良のような光景である。
 だが次の瞬間、彼は『あン?』と呟いてから首をかしげる。どうやら問題の『低い階担当』と話をしているらしい。

「何処にいる?」

 マーティオの隣でアローを展開した状態のネオンが言う。
 だが、周囲を見渡してみてもマーティオの答えは決まっている。

「判らん。だが、骨男と会話するのを見た限り、『この状況が見えている』と思うべきだな。そんでもって、問題の奴はあんま好かれてないらしい」

 すると案の定、ソルドレイクの表情が更に怒りの色に染まる。

「ンだとコラ!? 『相手をしようと思ったら兄貴が出てきた』って何だそりゃ!? テメー、俺を嘗めてンだろ!?」

 今にも湯気が出てきそうな勢いで顔を真っ赤にするソルドレイク。
 
「――――何?」

 だが直後、ソルドレイクの顔色が変わる。

「外から何かが来る……だと?」

 その言葉に反応して、思わず壁の方を見やるマーティオとネオン。
 部屋の壁が透明なことが幸いして、外の様子は一瞬で判るのである。

「あれは――――」

 時間的に夜になったばかり。そして雲も多くないので、その存在を確認するのに時間はかからなかった。

「ヘリだとォ!? 今更誰だってんだオイぃ!」

 荒れるソルドレイクを他所に、マーティオとネオンは密かな笑みを浮かべていた。

 何故なら、感じるからだ。

 あの外から感じる『波動』。ある意味において荒々しいといっても過言ではないその存在を、彼等はよく知っている。

「やっぱこんな状況でアンタがいねーってのは駄目だよなぁ、警部? 盛り上がりは常にあんたを求めてるんだしよ」

 最後の最終兵器所持者、ネルソン・サンダーソン参戦の瞬間だった。





 続く




次回予告


ネルソン「俺は思う。何故この戦い、俺が行っては駄目なのか!? あの怪盗どもが行って、何故俺は駄目なんだ!?」

ジョン「け、警部落ち着いてください! 大長官直々の待機命令なんですよ!?」

ネルソン「確かに大長官の言うことにも一理あるんだろうが、俺は馬鹿だ! 馬鹿は馬鹿なりのやり方でないと何も出来ん!」

ジョン「警部……?」

ネルソン「あの飛行大陸が危険なのだと言うのなら、愛する妻と娘、そして友と部下たちの為、俺は自分の正義の名の下に行かねばならんのだああああああああああああああああああああああああ!!!」

ジョン「次回、『僕等のヒーロー、ポリスマン』」

ネルソン「ジョン、こいつを大長官に返しておいてくれ」

ジョン「警部……本気なんですか?」









第四十二話へ


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